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シティズンシップ教育ネット citizenship.jp

 
■シチズンシップ教育の概説

 ■シチズンシップ教育とは
 ■英国の市民教育と日本の教育
 ■シチズンシップ教育の目的と実践課題
 ■イギリスにおけるシチズンシップ教育導入の背景
 ■市民性を育む教育の普及に向けて

■シチズンシップ教育とは

 シティズンシップ教育は、めまぐるしく変化する現代社会において、子どもたちが将来、市民としての十分な役割を果たせるように、近年、欧米諸国を中心に学校教育で導入されてきています。

 とくに、ニートといわれる若者の就業意識の低下、社会的無力感や、投票率の低下をはじめとする政治的無関心は、深刻な問題とされ、将来を担う世代に、社会的責任、法の遵守、地域やより広い社会と関わることを教えなければ、民主主義社会の未来はないとの危機感が広がってきたことも背景にあります。
 
 「シティズンシップ(Citizenship)」は、日本では、「市民性」と訳されます。これまで「市民権」「公民権」などと訳され、国籍や参政権に近い概念であったものが、「市民社会でいかに振る舞うか」といった概念へと広がってきています。

 そういえば、「スポーツマンシップ」「リーダーシップ」「フレンドシップ」・・・

「〜シップ」という語尾がつくと、「意識」「権利」「気質」・・・などを表します。このように考えていくと、「市民意識」「市民権」「市民性」・・・といったニュアンスが見えてくるのではないでしょうか。

 このようなシチズンシップを育む教育が、「シチズンシップ教育」なのです。


 最後に、「リーダーズ英和辞典」より、「citizenship」の訳語を引用しておきます。

【citizen・ship】
1. 市民権; 公民権; 公民の身分[資格](cf. →CITIZEN); 《大学などの》 共同社会の一員であること.
2. 《個人の》 市民性, 市民的行動; 共同社会性


■英国の市民教育と日本の教育

 このような流れのなかで、英国では、2002年に中等教育にシティズンシップ教育を導入し、話題を呼んでいます。この教育カリキュラムの導入に向けた諮問委員会の答申書では、「我々は国家全体でも地域でも、本国の政治文化を何より変えることをねらいとしている。つまりそれは、公共生活に影響を与える意思、能力、素養をもった能動的な市民として、人々が自身について考えられるようにすることである。」と述べられ、社会に積極的に参加し、責任と良識ある市民を育てるための教育をうたっています。

 日本の公民教育(Civic Education)では、政治や経済の仕組みを学習するに止まるのに対して、英国の市民教育(Citizenship Education)では、そのシステムに参加するスキル、考え方、コミュニケーションについても学習します。たとえば、社会の問題を解決するために、どこから情報を仕入れ判断し、どのような手段(政治・ボランティアなど)を用いるのか、どのようにして他者と合意形成を行うのか、どのようにして相手を説得するのか、といったより実際的な社会参加・政治参加を学習するのです。

 これらは、教科の枠を超えて、生徒会活動や課外活動などともリンクして進められます。 ファンドレイジングや市民活動に関する事例としては、生徒たちが自ら募金を集めるプランを考え、地域を20マイル歩くイベントを開催し、「完走したら寄付をしてください」と、地域に宣伝した事例があります。集められたお金は、津波の復興支援に寄付されました。 
 また、栄養学を学んだ学生が、小さい子ども・お年寄り・偏食がちの人々に、少ないお金でどうバランスのよい食事を採れるかをアドバイス、支援、買い物につきあい、料理を手伝う活動なども進めています。


 政治や司法については、Hansard Society(民主主義教育振興を目的とするチャリティ団体)と連携し、議員を学校に呼んだり、Citizenship Foundation(シティズンシップ普及のためのNPO)の協力のもと模擬裁判を行ったり、裁判官から法律についての話を聞いたりしています。
 多文化共生の視点から、シナゴーグ(ユダヤ教礼拝施設)での学習を進めている事例も見られます。


 これらの活動は、外部の評価団体をとおして、コースワークという位置づけで評価されます。単なるイベントとしてでなく、アカデミックな知識のもとに活動しているかどうかが評価され、報告も写真やレポートなどさまざまな形での提出が可能です。
 日本の総合的な学習でも、ずいぶん近い実践が見られるようになってきましたが、シティズンシップという理念を柱としたシステムとして考えると、まだまだ英国の事例にかなわないように感じます。
 ここまで述べてきたように、市民活動から政治参加まで、日本の公民教育よりも裾野が広く身近な事例まで扱っているのが特徴です。

■シチズンシップ教育の目的と実践課題

○シチズンシップ教育の目的

「子どもたちが、参加型民主主義を理解・実践するために必要な知識・スキル・価値観を身につけ、行動的な市民となること」

○実践課題3つのキーワード
「コミュニティとの関わり」の育成
「社会的・倫理的責任」の育成
「ポリティカル・リテラシー」の育成

出典:『学校における,シチズンシップと民主主義教育のための教育:
シチズンシップについての諮問委員会最終答申』(1998年9月)

 イギリスでは、この現代社会において、子どもたちが将来、市民としての十分な役割を果たし得るよう、知識・態度・スキルを体得させるための教育として、シティズンシップ教育を2002年に中等教育の必修カリキュラムに導入しました。

 たとえば、壁の落書きを見て,その原因や,このことがもたらす結果,誰が損失を被るのか・・といった社会全体の問題解決に対する意識を育みます。
 また、肌の色の違う二人の子どもの写真から、差異や多様性について話し合い、共生について考える事例もあります。
 法や制度や社会の仕組みなど、市民が身につけておくべき素養をたんに受動的に学ぶだけではなく,それをもとに考えたり、実際に行動してみて“参加のスキル“を高めます。

 諮問委員会の委員長バーナード・クリック氏は、実践課題として、「社会的・倫理的責任」「コミュニティとの関わり」「ポリティカル・リテラシー」の3つのキーワードをあげています。

■「コミュニティとの関わり」
 「コミュニティとの関わり」の項目の中では、ボランティア活動に関する記述が多いのですが、他の箇所でも、「地域でのボランティア活動は市民社会の基礎」「健康な社会は,将来に関心をもつ人々で構成されている。共通善のために,社会の発展に喜んで寄与する人々であり、『私は何ができるか』と問う人びとである」といったことが書かれています。
 しかし、ボランティア活動を権力が強制するのは、おかしいとは思いませんか。民主主義社会は、市民の自発性(ボランタリズム)の上に成り立つという原則に反します。

■「社会的・倫理的責任」
 そうすると、市民は何によって、ボランティアをしようと思うのでしょうか。
 やはり、市民一人一人の内面に「社会的・倫理的な責任感」がなければ、ボランティア活動をしよう、なんて考えませんね。
 ただし、なんとなく、「民主主義の優等生」を育てようという説教臭さを感じるかもしれません。

 ところが、他の考え方もあります。一つには、「古き良き」市民道徳や倫理を地域におけるボランティア活動を通して復活させようという考えです。
 もう一つは、財政難などによって、福祉国家が後退していく中、市民が自己責任で、ボランティア活動などによって行政の諸施策をカバーしようという考え方です。

■「ポリティカル・リテラシー」
 倫理や責任感、ボランティア活動などが強調され、おカミ(政府)にコントロールされ、従順な民衆となるのは、恐ろしい感じもしませんか。あくまで主体は市民であり、市民こそが国や社会を方向づけていきたい。
 そこで、自らと社会の関係を批判的にとらえて、適切な行動を選び取っていく力が必要になります。これが、「ポリティカル・リテラシー」です。

■イギリスにおけるシチズンシップ教育導入の背景

 シチズンシップ教育(citizenship education)は、めまぐるしく変化し続ける現代社会にあって、子どもたちが将来、市民としての十分な役割を果たし得るよう、知識、態度、スキルを体得させるための教育として、近年、欧米諸国で関心を集めている。とりわけ80年代以降、深刻な不況によって若年失業者が増加し、将来への展望を失った若者たちの暴力、社会的無関心が重大な問題として認識されるようになると3)、将来を担う世代に、社会的責任、法の遵守、地域やより広い社会と関わることの重要性を教えなくては、民主主義社会の将来はない、との危機感が広がったことも背景にある。

 こうした背景から、イギリスでもシチズンシップ教育の必要性が80年代終盤から議論されるようになった。とりわけ興味深いのは,この議論が,最も保守的だと言われる内務省とその周辺から最初に始まったことである。犯罪率の増加、高齢化、そして福祉国家の後退など、困難な問題に数多く直面していた当時の保守党政権が、問題解決のための新たな施策を教育の領域でも立案せざるをえなくなった事情がうかがわれよう。ただし、保守党政権の時代には、シチズンシップ教育は単独の科目としては位置づけられず、科目にまたがって教えるべき「領域」とされるにとどまった。そのため主要科目と基礎基本の指導を重視する学校現場では、ほとんど省みられることはなかった。そこで、1997年に労働党政権が成立すると、文部大臣となったブランケットはシチズンシップ教育の必要性と方向性を明確にするための諮問委員会を組織した。

 委員長に迎えられたB.クリックは、1970年代に「政治教育プログラム」を主導したことでも知られる人物である。その他、前内務省大臣,国会議員、学識者、シンクタンク、英国国教会,ボランティア団体の代表等が委員に名を連ねた。
『ボランティア活動・奉仕活動を検討する視点
イギリスにおけるシチズンシップ教育導入に関する議論から学ぶ

阿久澤麻理子著
http://www.hept.himeji-tech.ac.jp/~akuzawa/topics.html より引用

■市民性を育む教育の普及にむけて

 いままでの日本の公民教育は、民主主義の手続き、法、社会組織の構造などの知識に偏っていました。これからは、一人一人が社会的主体として想いを反映させ、実際に行動し、問題を解決していく「動」的な学習へと変えなければいけません。

 私たちシティズンシップ教育推進ネットは、「社会の中で課題を発見し、行動する学習」を通して、市民参加型の民主主義社会の担い手を育成していきたいと考えています。
 このような市民性の教育の普及に向けて、私たちは、教育現場の視察や教材開発といった研究開発から、人材の育成、ネットワークづくり、学校教育や社会教育での講師派遣や講座の開催まで、直接的・間接的に支援・推進しています。

 これまでの活動実績としては、昨年、テキスト『シチズン・リテラシー』(教育出版)の出版とその記念シンポジウムの開催、学習院大学の長沼豊先生による講演会を主催しました。同年10月30〜11月3日には、英国の英国の小学校・中学校、教育技能省、関連団体、NPOを訪問し、視察およびヒアリングを行いました。この視察をきっかけにロンドン大学の研究者、現地の小中学校とのネットワークも広がってきました。
 また、商店街を歩き、地域課題の改善策を考え、地域の方に提言する「まちづくりワークショップ」を、青少年オリンピックセンターと一緒に中高生向けに、青森県庁との協働で青年対象に開催しました。
 このほかにも、自治体や各種団体の協力を仰ぎながら、政策立案・立法理解、マニフェスト作成・評価などの教材開発を進めています。本年度中には、なんとか発表できる予定でいます。


 現在、立教池袋、お茶の水女子大附属や品川区の市民科、杉並区和田中の「よのなか」科など、同様の実践例が見られるようになってきました。横浜市でも平成21年度から市民・創造科(仮)という名称で導入が予定されています。

 しかしながら、このような学びを支えるためには、市民やNPOの協力が必要です。英国では、全国的組織であるCSV(Community Service Volunteers)をはじめとするNPOが、市民教育を支えています。私たちも同様に、市民社会を創るための学びのリソースとネットワークを構築し、市民性を育む教育を支援・推進していきたいと考えています。

 学校教育に私たちのようなNPOが参加することは、いまもなお難しい日々ですが、一人でも多くの方のご理解を賜り、社会形成の一助となれば幸いです。